Speaker’s Cornerとしての残響塾

ロンドンのハイドパークと言う公共の公園にSpeaker’s Cornerという一角があります。週末になるといろんな人がいろんな事を言いに、脚立とメガホンを持って集まってきます。パブリックな場所で自分の意見や理念を語る。それに対して散歩している人達が立ち止まって意見を言ったり、議論したりする。
小学校1年の時、ロンドンにしばらく住んでいてこの光景を見た時、小学生のくせにとても驚いた記憶があります。よく考えてみるとこれが僕にとってのはじめての「ライヴ」経験だったのかもしれない(笑)。言っている事はよく分からないんだけど、いい大人が唾を飛ばし合って「オオヤケ」の場所でああでもない、こうでもないってまくし立ててる。そりゃ驚きますよw。
でもしばらく見てるとただ喧嘩してるわけじゃないことがみえてきました。子供の目から見ても。ちゃんとルールがある。だから英語が分からなくても、子供の視点からでもむちゃくちゃ面白かった。
パブリックフギュアー(公人)としての自覚が、ごく一般の市民レベルにあるってどういう事かっていうと、個人の中に「正しい」とか「間違ってる」というモラル感が宿うってことだと思うんです。常に自分はオオヤケの場で発言しているって思ってるんですから。小学生でも(笑)。「恥ずかしいからやめなさい」なんて言う説教はイギリス人の子供たちには通用しない。要はその場の空気だったり、人間関係だったりが自分のモラルを形成するんじゃなくて、自分の良し悪し感をぶつけ合う事ではじめて集団としてのルールが出来るっていう仕組みです。
今の日本にそういう場所があるかって聞かれると、「うん、あそこがそうだ!」って自身を持って言えつ場所がない。だって国会ですらそういう機能を果たしてると思えませんから。しかもみんなが国会議員になるわけじゃないしw。
残響塾はそんな「公人ごっこ」がもっとカジュアルに出来る場所になればいいと思っています。年寄りも、若い奴も、男も、女も、金持ちも、貧乏人も、有名な奴も誰も知らないやつも、みんな脚立と「言いたいこと」を持って集まればいい。喋りたい奴、モノを作りたい奴、書きたい奴、歌いたい奴、表現したいことがあれば何でもいい。そして徹底的にのどが枯れるまで議論し、目から血が出るほど怒り、涙が枯れるまで共感すればいい。
答えがあるわけじゃないんです。答えは誰にもわからない。でもそのプロセスを通ってここから生まれてくるモノは間違いなく面白いくてヤバいモノになる。そう思うとワクワクしますよねw
毎週なんかやってます。ヘビメタの試聴会から、偉そうなオッサンのトークライヴまで(笑)。面白い事やりたいヤツはどんどん相談してください。だいたいの企画はやっちゃいますんでw。
渋谷のSpeaker’s Cornerはまだ歴史は浅いですが、、、、みんなで次の東京の名所にしましょう(笑)
これからもよろしくお願いします!
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zankyojukuの投稿です